6月 192016
 

オバマ大統領 来広の意味を問う市民シンポジウム 声明

                          2016年5月27日

 米国による広島及び長崎へのウラニューム及びプルトニウム原爆の投下は、その年の末までに20数万人の命を奪い、さらに毎年数千人の‘遅れた原爆死’を今に至るまでもたらしてきた。生き残った被爆者も家族を奪われ健康と生活を破壊され、次世代の遺伝子損傷への不安など心身の重荷を背負わされてきた。

被爆者はその未曾有の非人間的悲惨の極地の体験から、核兵器が類を見ない非人道的兵器であることを実感し『核と人類は共存できない』という認識を持つに至った。その体験から71年間にわたって困難を極める中で被爆者援護、核兵器廃絶の闘いを担ってきた。すでに多くの被爆者は亡くなっており、生き残った被爆者に残された時間は多くない。

しかし、米ロをはじめとする9カ国が核兵器を保持し、いまだに核抑止力を国是としている。核軍縮は進展するどころか、保有国は臨界前核実験など核兵器の性能の高度化を進めている。そんな中で被爆国である日本政府は、「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用を禁止しているわけではない」という閣議決定をしたが、実際にプルトニウムを47トン保有し、さらに核燃料サイクルを維持しており、潜在的核保有国と国際的にみなされている。

オバマ大統領は、2009年のプラハ演説で「核なき世界を」とアピールしたが、その中で「核兵器を唯一使用した核保有国として行動する道義的責任がある」と述べる一方で「核兵器が世界に存在する限り自国が核兵器を手放すことはない」とも述べた。その矛盾はその後7年間の行動に現れ、ヨーロッパへのミサイル防衛システムの導入などロシアへの挑発となり核軍縮交渉は停滞し、30年間に1兆ドルをかける計画で、今後も核兵器の性能の高度化、使用しやすい小型核の開発などを進めている状態であり、かかげる「核なき世界」とは程遠い状態に自らを置いている。

オバマ大統領は自身が抱える矛盾、‘核なき世界を’と‘核抑止力依存’を、広島訪問によって克服することが期待された。被爆の実態に広島現地で触れることによって、原子爆弾投下がもたらした無辜の市民への無差別大量虐殺の実態を直視し、核兵器がいかなる理由によっても肯定されるものでなく、人類の存続のためには直ちに廃絶されるべき非人道的なものであることと認識し、核なき世界の実現のため世界に核の非人道性を高らかに宣言することが期待された。

核兵器を使用し、比類なき大量虐殺とそれに続く放射能被害による苦痛を強制した当事国の大統領として、原爆投下が絶対的な過ちであったことを認め、まず原爆死没者と苦難を生き抜いてきた被爆者に謝罪することが求められた。罪のない一般市民を比類ない殺傷力を持つ原爆投下を国家として行い無差別大量虐殺をもたらした国際人道法に違反する戦争犯罪だと認めることは、核なき世界を求める道を真実のものにするためには欠かせない道程だと私たちは確信している。核兵器を根底から否定することなしに‘核なき世界’の実現はありえないからだ。日本政府が「謝罪は求めない」とし、過去を水に流すというような‘美しい‘環境が作られてきたが、それは同時に侵略戦争や植民地支配において日本がアジア諸国などに対して犯した過ちへの謝罪と加害責任をあいまいにし蓋をする環境づくりになるものである。憎しみを乗り越えることと、過ちを問い、謝罪を求めることは相反することではない。「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」とナチズムによる虐殺の歴史を直視し過去と決別したドイツの姿に学ぶべきである。原爆による被害とアジア諸国への加害についての歴史的認識は切り離せない。

被爆国でありながら、米国の核の傘に依存した核抑止力を国の安全保障の基本としている日本政府は、オバマ大統領の広島来訪が日米同盟強化の新たなスタートを切るものだとあからさまに広島の地を利用している。歴史を振り返り歴史的事実と向き合うことをせず、あたかも広島の地で71年前に引き起こされた国家による犯罪を和解の名のもとに無かったかの如くにふるまうことを私たちは認めることはできない。

国連における核軍縮作業部会で核兵器の法的禁止への論議が進んでいるが、米国などの核保有国はボイコットし、代わって米国の核の傘に頼る日本政府が核保有国を代弁して、核兵器の法的禁止に反対し、核兵器禁止への大きな国際的動きを必死で妨害しているのが現実である。日米両国が「閉塞している核軍縮」を切り開く画期的な機会だと宣伝しているオバマ大統領の広島訪問は、両国が核兵器禁止への世界の流れを妨害している現実を覆い隠す欺瞞でしかない。米国が国連核軍縮作業部会に参加し、最大の核保有国の大統領として、人類の生存に責任を持ち、核兵器禁止の先頭に立たない限り「核なき世界」を掲げても空しい。

世界の多数の国々から、また世界の民衆から沸き起こっている核廃絶への強い意志のうねり、すなわち核兵器を非人道的なものとして法的に禁止する核兵器禁止条約制定への世界的潮流こそが現実的な‘核なき世界’に導く道であると確信を持って広島の地から発信すべきであった。

戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認を定めた日本国憲法第9条は核兵器廃絶と戦争の根絶を求める広島市民の心のよりどころである。日本政府は、自衛隊が世界中で米軍と一体となって武力行使ができる安全保障法制を施行し、憲法9条を否定する暴挙に出た。そしていま、日米同盟下の米軍基地の重圧に苦しむ沖縄では、元海兵隊員の米軍属による女性遺棄事件が起き、オール沖縄が「基地のない沖縄」を求めている。オバマ大統領の広島訪問を、安保法制による日米同盟強化発信の舞台に利用することを私たちは絶対に認めることはできない。

オバマ、安倍両政権が世界各国への原子力協定による原発などの輸出、原発再稼働や新設など原子力推進政策をとる限り、核拡散と核軍事力の維持強化が進み、核兵器廃絶を求める世界的潮流に真っ向から逆らうものである。私たち市民は核問題を軍事利用と商業利用を核利用サイクルとして一体のものとして捉え、すべての核の廃絶に取り組んでいくものである。

核兵器廃絶をめざすヒロシマの会

 (2015,6,20更新)

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